現地コラム

COLUMN

日本の秘境、西表島の歴史について現地スタッフが徹底解説!

2023-10-29 10:13

みなさんこんにちは!

 

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「西表島 ADVENTURE PiPi」です!

 

日本の秘境地と呼ばれている西表島ですが、そこには遺跡や廃村など大昔の歴史が残されています。

 

西表島は八重山諸島の一部として歴史が共有されていることが多く、限定して語ることが難しいです。

 

本記事では西表島を含む八重山諸島全域を含めて、その歴史をご紹介していきます!

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西表島の歴史の流れ

西表島のジャングル

西表島は現代では世界自然遺産の候補地の一部として日本政府からユネスコに推薦されるなど、その大自然が注目される島です。

 

秘境の地とも呼ばれるこの島は歴史深く、時代を感じる痕跡を残してくれています。

 

まずは現在西表島で発見されている歴史の中で中で一番古い時代から遡っていきましょう!

 

西表島の歴史
①先史時代

西表島 ウナリザキ公園 景観

先史時代とは文字による資料が残っていない時代のことで、日本の旧石器時代や縄文時代のことを言います。

 

石垣島から約2万7000年前の人骨化石が発見され、当時石垣島と西表島は一つの陸で繋がっていたことからその時代から西表島にも人類がいたとされています。

 

しかし現時点で西表島から発見されている最古の人類の痕跡は3500~4000年前の貝塚です。

 

西表島では石垣島など10の有人島を含む八重山諸島の中でも、特に早くから集落が形成されていたと見られています。

 

西表島の特殊な文明の変化

西表島ジャングル

12世紀以前の西表島では、他の地域と比べて特殊な変化をしていった文明があります。

 

この時期の八重山は主に有土器時代無土器時代という二つの区分に分けられます。

 

土器がなかった時期の後に土器ができた時期が来他のなら他の土地と同じですが、八重山では逆なのです。

 

八重山の時代の流れは不思議なことに先に有土器時代が訪れてから、その後に無土器時代が訪れたとされています。

土器

八重山の文化は沖縄本島含めた北側からではなく、フィリピンなど南方から渡来してきた文化根付いています。

 

沖縄本島は今では同じ沖縄県という括りですが、本島では八重山にはない縄文時代・弥生時代と同じ歴史の流れを経ています。

 

本島から西表島まで400km以上も離れているという物理的な距離がこの差を生んだといえるでしょう。

西表島のマングローブ

八重山の有土器時代は南方から土器技術を持った人が渡来したことによって始まり、残された石器類も南方系の特徴と合致しています。

 

そして800年ほどの期間を経て無土器文化へと戻り、その後12世紀ごろまで無土器時代が続いたと見られています。

 

西表島に残る先史時代の遺跡

西表島に残る先史時代の遺跡
時代 時期
仲間第二
貝塚
有土器
時代
4000~
3500年前
鹿川
ウブドー
遺跡
有土器
時代
4000~
3500年前
上原貝塚 無土器
時代
4世紀~
11世紀
中野西崎
貝塚
無土器
時代
4世紀~
11世紀
船浦貝塚 無土器
時代
4世紀~
11世紀

 

西表島の歴史
②グスク時代

コメ

次に訪れた時代はグスク時代と呼ばれる13世紀~14世紀末頃にかけてのものです。

 

日本全体がこの時期を境に人々が集団で共同生活を送り、土器や鉄器が広く用いられ、農業の発展と共にコミュニティが築かれていきました。

 

それに伴うように集団の中から大衆を先導する存在が台頭し、彼らの存在が後々の支配者へと成長していきます。

住居

しかし西表島は比較的この時代の流れが穏やかであったと考えられ、島を牛耳る政治的な支配者はまだ存在せず、争いもほぼないと見られています。

 

見られている、という曖昧な表現となってしまうのは、西表島及び八重山諸島の歴史は14世紀以前の記録が全く残されていないためです。

 

そのため、遺跡などから概ねの情勢を予想するしかなく、完全な実態を把握することは難しいものとなってしまっています。

リーダー

史実関係がはっきりとするのは15世紀に入ってからは史実関係がはっきりとしています。

 

この時期以降は八重山の各島に按司(あんじ・あじ・あず)と呼ばれる支配者が台頭したことが記録に残されているようです。

 

西表島の歴史
③琉球王国

昔の沖縄

2世紀にわたって続いてきたグスク時代が終わりをつげ、歴史の転換点と言えるのが1500年。

 

当時島民から壮大な支持を受けていた八重山の首領オヤケアカハチが、琉球に敗れたことで八重山は琉球王国の支配下となりました。

 

オヤケアカハチの乱

オヤケアカハチ

オヤケアカハチと琉球王国との間で行われた戦争をオヤケアカハチの乱といいます。

 

琉球の記録では、琉球がアカハチから貢物を2~3年断たれたことと、宮古島を攻めたことから八重山を攻撃したと記されていました。

オヤケアカハチ 誕生の地

争いを仕掛けたのは琉球王国であり、アカハチを悪く記すこの記録は不自然な記録が多く、琉球国への忖度によって書き換えられた記述であると思わます。

 

八重山の諸史料にはアカハチに全島民が同心していたことも一致して記述され、アカハチの像を建てられ今でも英雄として讃えられています。

 

琉球王国になってからの八重山の支配者

西塘

アカハチの乱の30年後には琉球王府から西塘(にしとう)という人物が送られてきます。

 

西塘は竹富島出身の琉球王府に25年も仕えた技師で、「西塘精神」という言葉が残されるほど、偉大な政治家・篤実家・愛郷家として尊敬されています。

沖縄

西塘が竹富大首里八重山大屋子(たけとみうーしゅりやえやまうーやく)となることで、実質的に八重山諸島も琉球の支配下となりました。

 

竹富大首里八重山大屋子とは現在でいう支庁長にあたり、竹富島に蔵元(現在でいう支庁)が設置されました。

 

こうして西塘は、琉球王国における八重山地域のトップとして八重山を統治します。

 

八重山の流行病

蚊

この時期にオランダから漂着した船により、当時恐れられていた熱病マラリアが八重山へと侵入してしまいます。

 

マラリアとは熱帯や亜熱帯で蚊を媒介として流行する原虫感染症で、その症状は高熱や吐き気など。

 

さらに重症の場合は脳へと影響が及び、意識障害、腎不全などの重篤な症状を招いて死に至ってしまうという恐るべき病気です。

西表島のジャングル

全戦没者数1,317人のうち、963人はマラリアによる死亡者で、その割合は7割以上。

 

西表島を含む八重山諸島は以降長きに渡りこの病に苦しまされることとなり、撲滅されたのは400年以上後の1961年のことでした。

 

さらに八重山諸島に不幸が襲い掛かったのが1602年

西表島 バラス島 空撮

マラリアの流行も未だ収まらぬ最中、さらに八重山諸島では疱瘡(ほうそう)が発生して多くの死者を出してしまいます。

 

疱瘡とはいわゆる天然痘で、世界的に猛威を振るい大量の死者を出した死病です。

 

病との戦いは西表島、八重山諸島の歴史を語る上で重要な要素だと言えるでしょう。

 

この時期の歴史の流れとしては、1609年には薩摩藩が琉球へと進攻し、琉球が薩摩の支配国となったことで間接的に薩摩藩の支配を受けることとなります。

 

強制移民と開拓

1711年には新城島民と竹富島民が強制的に西表島仲間村へと強制移住させられました。

 

これは琉球王府による奇人政策と呼ばれ、未開地の開墾を目指すというものだったのです。

 

西表島の開拓の歴史は「寄人」と呼ばれる強制移民による新村建設と、廃村の繰り返しでした。

 

しかしマラリアなど病の流行で命を落としてしまった人も多く、成功を収めたとは言い難いものでした。

 

西表島の歴史
④近代

西表島 マリユドゥの滝

琉球処分により琉球王国が琉球藩となった7年後に廃藩置県が実施され、琉球藩は現在と同じ沖縄県へと名を変えました。

 

それに伴い、八重山諸島もまた沖縄県の一部へと組み込まれたのです。

 

西表島は、沖縄県で唯一石炭を産する島で、多くの資源を手に入れました。

西表 炭鉱跡

この時期の大きな出来事としては、1886年に三井物産が囚人を集めて炭鉱採を受け継いだことが挙げられます。

 

採炭は第二次世界大戦の敗戦まで60年間行われ、一部では1968年まで続きました。

 

囚人を労働力とするため、逃亡を防ぐための一手段で給料は現金ではなく額をスタンプを押した紙で、炭鉱内の売店でしか使えませんでした。

 

西表島の歴史
⑤現代

西表島 イリオモテヤマネコ像と記念写真

第二次世界大戦の大敗を機に西表島を含め沖縄県はアメリカからの占領を受けましたが、1972年に日本へと返還されました。


その4年後の1976年には日本本土と同じ放送が見られるようになり、1993年には民放2局が開局。


そうして、自然豊かな地として世界的な評価を受け、観光地としても人気が高い今の西表島へと至ったのです。

 

西表島のおすすめ
アクティビティ5選!

西表島鍾乳洞探検

西表島の歴史を知った上で西表島の大自然を体感すると、また一味違った楽しみ方が見つかるでしょう。

 

次は西表島の自然が堪能できるおすすめアクティビティを5つご紹介します!

 

西表島のおすすめアクティビティ
①バラス島シュノーケリング

バラス島_上陸

南国の離島でおすすめのアクビティビティと言えば、シュノーケリングです。

 

西表島の周囲にはサンゴ礁が多く群生しており、さまざまな生き物と出会えます。

 

バラス島には100種類以上の熱帯魚が生息しており、本土で見たことのない魚たちにも会えるでしょう!

バラス島周辺の海でサンゴに囲まれシュノーケリング

また、運が良ければウミガメに会うこともあります。

 

海の世界の住民の気分を味わ得ること間違いなし!

 

西表島のおすすめアクティビティ
②世界遺産SUP/カヌーツアー

クーラ川 マングローブ カヌー

次にご紹介するのは世界遺産SUP/カヌーツアーです。

 

西表島のアクティビティの中でも人気が高いツアー!

月が浜 SUP

大自然に抱かれながら水に揺られてゆったりとした空間はとても神秘的に感じます。

 

周りを眺めるだけでパワーを貰える素晴らしいアクティビティです!

 

心身ともに癒される経験になるでしょう!

 

西表島のおすすめアクティビティ
③世界遺産SUP/カヌー&
バラス島シュノーケリング

クーラの滝

先ほど紹介した世界遺産でのSUP/カヌーとバラス島でのシュノーケリングの2つセットになったプラン!

 

バラス島シュノーケリングでは運が良ければウミガメに出会うことも!



サンゴでできたバラス島周辺の海は透き通っていてとても綺麗です。

世界遺産でのSUP/カヌー体験は、穏やかな川or海でのクルージング!

 

世界自然遺遺産に登録された西表島の大自然を楽しめるプランです。

 

西表島のおすすめアクティビティ
④キャニオニング

キャニオニング

キャニオニングとは高低差のある渓谷を、トレッキングや水泳、カヌーなどの要素を駆使して、下っていくアクティビティです。

 

天然のウォータースライダーで遊んだり、滝つぼに飛び込んだりスリルを楽しめます!

 

ツアーでは、ライフジャケットやヘルメットなど安全に配慮した装備を用意するため安心して楽しめます。

西表島 キャニオニング

上キャニオニングはもちろん初心者でも楽しめるアクティビティです。

 

ガイドと一緒にお客様のペースで進んでいくのでチャレンジしてみてください!

 

西表島のおすすめアクティビティ
⑤星空&ジャングルナイトツアー

ナイトツアー スタート 写真

世界遺産に選ばれた西表島での星空&ジャングルナイトツアーはぜひ体験してほしいツアーの1つです。

 

本州では見ることのできない珍しい生き物や植物を見ることができます。

 

知識豊富なガイドとのツアーは、西表島について深く知ることができ満足度間違いなしです。

ナイトツアー

世界で2番目に「星空保護区」に認定された星空は圧巻です!

 

晴れていたら天の川を肉眼で楽しめるかもしれませんよ。

 

ぜひ西表島に来たのなら、日帰りではなく宿泊で夜も楽しんでみてください。

 

さいごに

八重山諸島全体と絡めつつ、西表島の歴史についてご紹介させていただきました。

 

現在の西表島に至るまでに、本土とはかけ離れた歴史を辿ってきた西表島。

 

歴史を知った上で訪れてみると、きっとよりディープな観点で西表島に触れることができるでしょう!

 

ぜひ西表島を訪れて、その奥深さに触れてみてくださいね。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!